2014年10月16日 (木)

占星術と宗教(仏教やヒンドゥー教とチベット仏教)との関連ついて

こちらは、占星術について、書いております。
今回は、占星術と宗教(仏教やヒンドゥー教とチベット仏教)との関連ついて書いてみたいと思います。

占星術との関係性について

ヒンドゥー教とチベット仏教と占星術の関連について

占星術とヒンドゥー教とチベット仏教との関連性については、実は、占星術とこれらは関係がございます。ご説明申し上げます。
こちらは、参考までです。

仏教は、元々、ヘレニズム文明がギリシャにありました。ヘレニズム文明は、神像や仏の像を作る習慣があり、これが接触によって、仏教がうまれました。このころの仏教は、原始仏教と呼ばれていました。仏教は、口承によって伝えられていたので、経典というのは、存在しないのです。これは、ご存知だと思います。で、その後、ブッダが入滅し、根本分裂が起こり、上座部仏教と大乗仏教とに、別れたといわれています。上座部仏教は、東南アジアに伝わり、大乗仏教は、中国、朝鮮半島を経て、百済より日本に伝わりました。この頃にかの、弘法大師・空海が登場し、その当時、中国は「唐」が支配した時代で、空海は、唐に渡り、経典を持ち帰り、そののち、「真言宗」を開きます。真言宗は、この大乗仏教がもとになっています。この空海は、占星術師だということは、有名です。この話は、皆様、よくご存知だと思うので、省略しますね。

で、問題の占星術との関連は、ヒンドゥーは、インド仏教をのみ込み、発展していきます。このヒンドゥー教は、もとは、「バラモン教」です。宇宙の根本原理・最高神「ブラフマー」(梵天)ですね。インド仏教は、擁護されていましたが、当時、侵入してきたイスラム勢力によって、同国最大の寺院・ヴィクラシマシラー寺院が破壊されてインド仏教は、終焉を迎えます。
ヒンドゥー教のもとのバラモン教は、諸条件が重なり衰退していきますが、ヒンドゥー教として生まれ変わり、発展していきます。

チベット仏教は、土着信仰と呪術的傾向の強かった、「ボン教」と融合して、チベッ仏教が生まれます。ヒンドゥー教も、呪術的な意味を元々持っていたようです。ヒンドゥー教には、独自の身分制度「カースト」があります。このカーストと占星術は関係しています。。
もともと、インドには、人体と9惑星と12宮を対応・照応させるという考えがありました。ヘレニズム文明にヘレニズム占星術(これはこんにちの西洋占星術のもとになるもの)があり、これが、ギリシャに伝わり、ホロスコープ占星術に発展していきます。その後、土着神信仰と12宮が融合し、インド式ホロスコープ占星術にさらに発展していきます。

アーユルヴェーダも、もとは、インド医学やチベット医学がベースとなっていますので、ヒンドゥー教も、チベット仏教にも、もともとチャクラや業、輪廻の思想はありました。哲学はその中の考えの一つですね。

つまり、占星術は、たんなる占いではなく、宇宙の原理を解読する分析学だそうです。

これが、仏教と占星術の関係性ついてです。
ちょっと、雑に書きましたが、だいたいこの通りです。すみません。

これらは、参考までです。

さらに、仏教と、こちらに書かれています、「上座部仏教」と「大乗仏教」は、ブッダが教えた「本来」の仏教とは、「別」のものです。

一応、本では、「同じ」ように書いていますが、「違う」ものです。理由は、ブッダの口承で伝わったものが、「過大解釈」されて、次第に変化していった、いきさつがあります。

あと、仏教も、「哲学」であり、と書いてました。

いわゆる、「思想」なのだそうです。

ですから、仏教も、西洋哲学から、見ることも、可能です。

失礼致しました。

こちらは、あくまでも、参考までですので、宜しくお願い申し上げます。

2013年12月13日 (金)

西洋占星術について

皆様、こんにちは。

こちらのブログは、占星術や、星座に関するお話について、書いております。
今回、更新するお話は、「占星術」についてです。占星術は古代メソポタミアで生まれ、本来、星の運行によって、吉凶を見るために、使われたものだと、謂われています・・・

それが、いつしか、雑誌などで、おなじみの「占い」として、簡略化さました。

ということで、
続いては、「西洋占星術」について、書いてみたいと思います。
参考までです。

西洋占星術について

古代メソポタミアで生まれ、古代ローマ、中世のアラビアで発展、現代に至る。
黄道12宮と10惑星の運行を基礎とする占い。

西洋占星術 
― Astrology ―

●古代メソポタミアから現代まで

日本で西洋占星術と呼ばれる占いは、実は古代メソポタミアで生まれました。
古代メソポタミアにおいては、肉眼で確認可能な水星、金星、火星、木星、土星に、太陽と月を加えた7惑星には、それぞれの神が住んでおり、その運行が、地上の出来事にも影響すると考えられました。

この7惑星と、黄道12星座との組み合わせは、今でも西洋占星術の基本となっていますが、すでに紀元前410年頃の文書には、現在用いられているものと同じ12星座が特定されています。

古代メソポタミアに生まれた占星術は、主にカルデア人たちによって西洋に伝えられたため、カルデア人は占星術師を意味する言葉として用いられることもありました。中でも有名なのは、紀元前280年頃、小アジアのコス島に移住したベール・マルドゥク神の神官ベロッソスです。

その後2世紀になって、アレキサンドリアで活躍し、天動説を唱えた天文学者プトレマイオス(?~150項)が、『テトラビブロス(四書)』により当時行われていた占星術を集大成しました。

本来西洋占星術は、7つの惑星が12星座のどこに位置するか、また、お互いの位置関係がどうなっているかを基に、戦争や災害など国家的な事項を占うために用いられたが、後に国王や高位の人物といった、国家の運命に重要な影響を及ぼす個人の運命を判定するようになり、次第に普通の人々の運命を判断する形になりました。

現在の占星術は、伝統的な7惑星に天王星、海王星、※冥王星の3惑星を加えた10惑星を用い、中世のアラビアで生まれた「ハウス」と呼ばれる天宮分割法を併用するのが一般的であるが、雑誌などで紹介されているものは、生まれた日の太陽の位置だけによる簡略化されたものです。

※注:現在は、冥王星は、「準惑星」で、惑星から外されましたが、占星術では、冥王星は引き続き、「惑星」として扱います。

参考までです。
失礼致しました。

2013年11月 6日 (水)

悠久の歴史が夜空をめぐる、88星座の世界 (4)

続いてです。今回は、「88星座の世界」についてのお話を書いています。
「星座はこうして誕生した」という、お話です。

このお話には続きがございますので、早速、書いていきます。

続いては、、「88星座の世界」についても、いよいよ最後のお話です。

続いては、「現在天文学と天球の区画整理」というお話をしていきたいと思います。

現在天文学と天球の区画整理―18世紀~現代―

古い天球図を見ると、今の88星座にはない星座があったり、描かれた星座が別の天球図と異なったりしていることがあります。天文学者がそれぞれ別々の星図を参考に観測や記録を行う事態をさけるため、20世紀になって国際的な規格が定められました。

混乱から現代の88星座へ

大航海時代、そして近代天文学の発展により、星座と星座の隙間を埋めるうように新しい星座が作られましたが、もともとどの星座の境界は曖昧であり、どの星座に属するのか不明な星もありました。

1729年にロンドンでフラムスチードが出版した大判星図書を改訂し、1776年、パリのフォルタンが1/3に縮小した星図書を出版しました。ドイツのベルリンの天文台長、ヨハン・エラート・ボーデ(1747~1826)は、この星図書をさらに改訂した版を1782年に出版。この星図書にはへヴェリウス、メシエ、その他の天文学者の観測結果に基づき、130個の星雲、星団を含む5000個以上の天体が掲載されています。

さらに、フラムスチード等の星表に則って、それまで定義が曖昧だった星座の境界を記すことにより、それぞれの星座に属する星を直ちに見分けることができるようにしました。わずかではありますが、ボーデ以前にも、星座の境界線を記した星図や天球儀のあるようです。しかしながら、不正確な個所や抜けた個所もあり、完璧ではなかったと、星図書の前書きに解説されています。星空を眺め、星を結んで、動物や神の姿に見立てたものが星座ですが、ボーデはそれぞれの星座の範囲を明確にしました。星座の絵や星の並びではなく、「領域」となったのです。

しかし、ほかにも問題はありました。多くの人がそれぞれの事情や思い入れから次々と新しい星座を作った結果、星座の数が、120~130個にも増えてしまったのです。数が多いだけでなく、おひつじ座の北に、パリチウスは、「きたのはえ座」を新設、ロワーエは「ゆりのはな座」を新設するなど、同じ場所に違う星座が作られることもありました。

このような混乱を整理するため、国債天文学連合(International Astronomical Union=IAU)は、星座の整理と星座の境界を明確にすることを提案、委員会を組織し、調査検討した結果、1928年の総会にて、全天の星座を88とし、その境界線も1875年分点ぼ赤経・赤緯の線に沿う直線で区分するということが承認されたのです。こうして星座は今日も私たちが知る姿となりました。

現代の天文学では、星座自体が意味をもつものとして利用されることはなく、最先端の研究者にとっては不要なのかもしれません。しかし、天文ファンは星座に愛着をもつ人が多いでしょう。夜空を見上げ、星座を探すことは実に楽しい・・・。暗い星まで見える星空で、巨大な熊や獰猛なライオンの姿が描けると、古代の人々の想いを感じることができます。古代に作られた星座は、何千年という時を超え、現代の私たちの時代に伝えられています。正座は後世に伝えなければならない人類の文化遺産と考えることができるのではないでしょうか・・・・。

以上で、「88星座の世界」についてのお話をについて書いてきました。少しむつかしいですが、ご興味がございましたら、読んでみてくださいね。^^;;

こちらは、あくまでも参考までです。ご了承ください。

それでは、失礼致します。

悠久の歴史が夜空をめぐる、88星座の世界 (3)

続いてです。今回は、「88星座の世界」についてのお話を書いています。
「星座はこうして誕生した」という、お話です。

このお話には続きがございますので、早速、書いていきます。

続いては、「大航海時代と新しい星座たち」というお話をしていきたいと思います。

大航海時代と新しい星座たち―15~18世紀―

15~16世紀、ヨーロッパでは、航路による東方・南方への進出が始まりました。初めて目にする南天の星々に彼らは驚き、そして新しい星座を次々と生み出していきます。近代天文学の発展につれて、北天にも新しい星座が作られていきました。

ヨーロッパへの逆輸入

古代ギリシャで確立48の星座とそれに伴う天文学は、本家ヨーロッパでは発展は停滞しましたが、ペルシアを経て7世紀以降にバクダットを中心としたイスラム文化圏で保護されました。やがて十字軍がイスラム圏の遠征から天文学をはじめとする諸科学をヨーロッパに持ち帰りました。こうして文化の逆輸入が起こったのです。その後、星座は減ることも増えることもなく、千数百年の長きにわたって受け継がれてきました。

大航海時代の新星座

15世紀、いわゆる大航海時代が始まると、星座の世界にも変革期がやってきました。船乗りたちが地中海やヨーロッパ沿岸から外洋に出て、大西洋を南に船を進めて行くと、今まで見たこのなかった南の空の星たちと出会うことになります。ドイツの法律家でアマチュア天文家・ヨハン・バイヤー(1572~1625)は、厳密な星の位置が記された星図書「ウラノメトリア」を1603年に刊行しています。この星図書には、従来の48星座に加え、オランダの航海者・ケイザーの情報をもとに、南天の12の星座が載っています。これらの星座はすぐに定着し、以降の星図に載るようになりました。バイヤーの星図書は、それまでの天球図とは違い、地上から眺めた視点で描かれていて、星座像は反転しておらず、実用的な星図です。1603年に初版が出版さえた後も版を重ね、増刷され続けたことから、長期間にわたり広く普及したことがうかがえます。星座絵も美しく、アレキサンダー・マイヤーによって彫られた銅版画で魅惑的な星座絵が描かれています。

この星座図には星座ごとに、ほぼ明るい星から順に、ギリシャ文字のアルファベット小文字がつけられています。この命名法は「バイヤー符号」と呼ばれ、今日まで使われています。

当時の航海術では、太陽や星の高度を測りながら船を進めていくため、目印が何もない海の上での位置(緯度・経度)の推定には天文学の知識、観測が不可欠でした。北極星の高度が緯度とほぼ等しいことは、かなり古い時代から知られていました。太陽の赤緯がわかれば、太陽の高度から緯度がわかります。そして経度は、赤経のわかっている恒星の南中時間の差から求めることができます。これらを船上で算出するためには、正確な星表・星図が不可欠でした。17世紀後半、各国が競って天文台を創設したのも、主目的のひとつは遠用航海術をより、高度に発展させるための天文学の研究成果を見込んでのことでした。こうして精密な恒星の位置観測が求められた結果、天体観測技術が向上、それとともに航海技術もこの時代に大きく発展したのです。

近代天文学の関わり

北の空では、北極星が方向の北を示し、緯度を教えてくれることは、古代から知られていました。しかし、天の南極に、真南を示す南極星は存在しません。その代わりにとなるのが南十字星です。南十字星は、みなみじゅうじ座という全天で一番小さな星座です。
南十字座が星座として独立したのは、17世紀後半で、フランスのロワーエによる区分が始まりとされています。それまではケンタウルス座の一部として扱われていて、バイヤー星図書にもケンタウルスの足元に十字架として描かれています。

この時代の新しい星座づくりは、南天だけでなく北天にも及びました。望遠鏡の発明等、観測機器の観測技術の向上により、より暗い天体も観測いったことも一因です。古代から知られていた星座と、星座の間にどちらの星座に属さない星々が多数あり、位置を表すのに不便であったため、これらの星を使って、隙間を埋めるように北の空にも新しい星座が作りだされていきました。

ポーランドの天文学者・ヨハネス・ヘヴェリウス(1611~1687)は、私設天文台で、精密な恒星の位置観測をし、1690年に星図書「ソビエスキーの天空」を出版しています。ヘヴェリウスは、10個の星座を新設しました、このうち、こぎつね、こじし、たて、とかげ、やまねこ、ろくぶんぎ、りょうけんの7つの星座は現座も残っていますが、ケルベルス、小三角、マエナルス山の3座は、現存しない星座です。

南の空にもまだまだ隙間がありました。フランスの天文学者・ニコラ・ルーイ・ラカイユ(1713~1762)は南アフリカのケープタウンで南天の星の位置観測をし、その観測結果は彼の死後に出版された南天恒星目録と、南北2枚の天球図にまとめられました。この天球図に新設の南天星座が多数載っています。ちょうこくしつ、ろ、tけい、が、けんびきょう、コンパス、じょうぎ、ちょうこくぐ、レチクル、ぼうえんきょう、ポンプ、はちぶんぎ、テーブルさん、などで、名前からわかるように、ラカイユは当時開発された科学用具や機器・機械類を星座にしました。ちなみに、これらの星座は、すべて現座の88星座に含まれています。

ドイツのヨハネス・エラルト・ボーデが作成し、1801年にベルリンで出版された星図書「ウラノグラフィア」は20枚の銅版画による大判の天球図で、第1図、第2図に、当時の全天の星座すべてを載せています。となかい座、収穫見張人座、マエナスル山座、はぐれつぐみ座、軽気球座、電気機械座、印刷所座、などといった、今はない星座が多数掲載されています。

このお話は、次のお話に続きます・・。

悠久の歴史が夜空をめぐる、88星座の世界 (2)

続いてです。今回は、「88星座の世界」についてのお話を書いています。
「星座はこうして誕生した」という、お話です。

このお話には続きがございますので、早速、書いていきます。

続いては、「ギリシャ神話との融合」というお話をしていきたいと思います。

ギリシャ神話との融合 ―1~10世紀ごろ―

古代メソポタミア地方で誕生した星座は、フェニキアを経てギリシャへ伝わり、豊かな体系をもつギリシャ神話と一体化していきました。今日「星座神話」として知られる多くの物語は、この時代に星々と結びつけられたものです。

ギリシャ世界で花開く

ギリシャで作られた星座たち、おおぐま座やヒアデス星団などは、誕生の時から神話をもっていました。一方メソポタミアの星座には、星座ごとに対応する神が決められていましたが、物語はついていません。星座がギリシャの伝わると、バビロニアの神々をギリシャ神話の登場人物におきかえ、楽しい星座物語がつけられました。砂漠の国の星座に、ギリシャ神話をつけたのは、誰かわかっていませんが、エウドクソスが星座リストを作った時には、おおむねできあがっていたと考えられています。

神々と人間の織りなす数々のロマンスや、大神ゼウスと美女にまつわる多くの悲劇、勇者たちの武勇をたたえる冒険譚・・・・プラネタリウムで語られる、いわゆる「ギリシャ神話」は、このころ形作られていきました。

エチオピア王家の神話に垣間見る歴史ドラマ

これらの星座物語で、一番ドラマチックなのは、秋星座を彩る古代エチオピア王家の物語でしょう。母の自慢話のせいで、海神ポセイドンの怒りをかい、海の怪物のいけにえに捧げられるアンドロメダ姫の物語は、紀元前5世紀にギリシア悲劇作家・エウリピデスによって劇にもなっています。この物語のアンドロメダ座、カシオペア座、ケフェウス座、ペルセウス座、ぺガスス座、くじら座という星座は、ギリシャで作られたのでも、メソポタミアから伝わったものでもありません。どこで作られた星座なのでしょう・・。

舞台となった古代エチオピアですが、歴史上では、アフロ系国家であるヌビアのクシュ王国、またはシナイ半島からヌビアを含むナイル上流のこととされており、昔からのヨーロッパの天文学者もカシオペア王妃はアフロ系人種のはず、と言及していました。しかし、ヌビア地方にもクシュ地方にもアンドロメダ物語らしき伝説は伝わっていません。そもそも海の国の物語なのに、クシュはほとんど内陸の国です。
有名な割には、謎多き星座たちなのですが、フェニキア(今のレバノン、イスラエルあたり)の伝説であることがはっきりしてきました。フェニキア説は前からありましたが、最近、「アンドロメダ姫伝説をもつ町」というのが、広く知られるようになったためと思われます。

その町は、イスラエルのテルアビブ近くの古い港町ヤッフォ。旧約聖書の登場するほど古く、そのころはジョッパと呼ばれていました。アンドロメダが岩にしばりつけられたのが、このジョッパの海岸だそうです。ジョッパ町はポセイドンの本拠地エーゲ海からすぐの地中海に面しており、ペルセウスの住むセリフォス島にも直行できます。メソポタミアとギリシャの間にあり、星座が伝わった中継点のひとつで、古代ギリシャ人からみたエチオピアの範囲に何とかおさまります。このヤッフォの伝説は、あらかたの疑問を解決してしまうという説得力をもっています。カシオペア王妃もアンドロメダ姫も、黒い髪、黒い瞳、彫りの深い顔立ちのパレスチナ人ということなりますね・・・。

くじら座の謎と多様な星座絵

アンドロメダ物語からは、人以外にも星座になったものがあります。メデューサの血がふりかかった岩から誕生した天馬ぺガススと、ポセイドンの部下で、洪水をおこす海の怪物・くじら座です。この海の怪物は、メソポタミアの原初の海の女神・ティアマトの名前がついていますが、現地の星座文献では未同定の領域です。

ところでこのくじら座、天文ファンにとっても謎の多い星座です。まずその姿。古くからある星座であり、たいていの星図には描かれていますが、その形はじつにさまざまです。『ギリシャ・ローマ神話』(ブルフィンチ作・岩波書店)によると、全体は「巨大な海の怪物」「蛇」と表記され、「広い胸」「毒牙」「鱗」をもっているようです。星座絵を見ると、どれも下半身は魚の尾として描かれていることがわかります。

次の謎は、「くじら」という名前です。ギリシャ語のセト(海の怪物、うみへび)の訳が、うみへび座やへび座と区別するためにwhaleという翻訳されたためこうなったと考えられます。
星座絵の恐ろしい姿と星座名の乖離に混乱させられますが、そんあわけで、いわゆるクジラとは関連がないようです。

このセトは大地母神ガイアと海の神ポントスの子で、兄弟のポルキュスとの間にセイレンやゴルゴン姉妹(末妹がメデューサ)をもうけています。神の子で、しかもメス(女性?)なのにこの姿・・・。なんだかかわいそうですね。

この星座のお話は、まだ続きがございます。

悠久の歴史が夜空をめぐる、88星座の世界 (1)

皆さん、こんにちは~。更新です。
こちらのブログは星座や、それに関連するお話を書いています。
占星術もその一つです・・

さて、今回は、少し難しいと思いますが、「88星座の世界」についてのお話をしたいと思います。

つまり、「星座はこうして誕生した」という、お話です。

それでは、早速、書いていきたいと思います。ご興味のございますかたは、読んでみて下さいね。

88星座の世界について

私たちが眺めている星々の並びは、宇宙に散らばる恒星を地球の位置から見ることで偶然に成り立っているに過ぎず、そこに意味を見出したことによって生まれた「星座」には、長い年月をかけて人々が作り上げてきた科学、芸術、文化の歩みが刻み込まれています。
星座を知ることは、星空への興味の源をたどるのほかなりません・・。

星座はこうして誕生した ―紀元前35~2世紀ころ~

「星座が誕生した地は、文明の誕生した地でもあります。大河チグリスとユーフラテスに育まれたメソポタミア文明では、星座の出没で暦を知り、時を知り、神官たちは、星座に神々の国の繁栄を祈りました。その星座はやがてギリシャ文明へと伝わっていきます。」

文明と星座の発祥

文明には様々な民族がいますが、空を覆うほど沢山の星座を作ったのは、古代メソポタミアの人々、古代ギリシャの人々、古代中国の人だけです。他の民族も星座を作らないわけではないですが、北斗七星、すばる、北極星、あと2、3星座くらいが普通で、がんばっても暦のための黄道星座が加わるくらいです。今、私たちが使っている星座は、メソポタミアとギリシャの合作の星座で「西洋星座」と呼んでいます。

メソポタミア文明の基礎を築いたシュメール・アッカド時代(紀元前35~20世紀)に知られている星座は、ほんの数個に過ぎません。その後の古代バビロニアからアッシリア時代にかけて、黄道星座をはじめ、数十個の星座が文書に登場するようになりました。しかし、星座の名前がその頃、使用されていたアッカド系言語ではなく、数百年も前に使われなくなったシュメール語であったことから、メソポタミアの星座の原案は、シュメール人が作ったと考えられています。複数の天文文書(粘土板)の研究から、古代メソポタミアで使われていた星座は今、詳しく判明しています。(※)特に、紀元前1000年頃成立した「ムル・アピン」という文書は、エアの道、アヌの道、エンリルの道の3領域の星座リストの他に、星座が太陽と同時に地平線から昇る日時、時刻を知るための基準星表、月の通り道の星座リスト等が記録されていて、その星座が実際の星空のどの星々なのかを同定するのに重要な役割を果しました。

紀元前1000年ごろのメソポタミア星座を見ると、今の星座と同じものもあれば、まったく違う星座もあります。メソポタミアの星座文化は、アッシリアを滅ぼしたカルデア(新バビロニア)時代に最盛期を迎え、紀元前6世紀にカルデアが滅んだ後、天文学の知識を持った神官たちはエジプト、フェニキア、ギリシャと渡り、同時に星座も伝わっていきました。

※メソポタミアの主な星座文献

エマヌ・エリシュ(紀元前1800~1200頃)、新年祭(紀元前1600~1100)、ムル・アビン(紀元前1000年前後)アストロラーベ(紀元前1200~700年)GU表(紀元前700~500)など。一番古いエヌマ・エリシュは、星座について述べられている粘土板の破損が激しく、月ごとの12星座、イクー(ぺガスス座)、からす座、わし座、きつね(おおぐま座の一部)について書かれている・・・程度しか解読できません。その次に古い「バビロンの新年祭」は、「雌やぎ」(こと座)、「弓矢」(おおいぬ座)など10個ほどの星座が祝詞の中に登場します。

こちらも名前だけで解説や観測情報はありません。

地中海世界へ広まる

一方、エーゲ海では、紀元前8世紀ごろ、詩人ホメーロスの「イリアス」「オデュッセイア」に詩的な文章で、数個の星座が初めて登場します。ギリシャ独自の星座であるオリオン、プレアデス、ヒアデス、おおぐま、うしかいですが、このあと、しばらくギリシャの詩にはこの5星座と、ふたご座、こぐま座などの数個加えただけの、星座が読まれていました。しかし、ある時期から、詩や戯曲などの古代ギリシャ文学に出てくる星座が数十個に増えます。この増えた部分が、メソポタミアから伝わった星座と考えられます。

紀元前4世紀、エウドクソスは、ばらばらと文学に登場する47個の星座をリリストアップして解説をつけ、「ファイノメナ」という本にまとめました。これは現存していないのですが、紀元前3世紀、ファイノメナを詩に読み上げたアラートスの同名の詩集が残っています。星座の名前は今とは異なり、こぐま座が「犬の尾」、ヘラクレス座が「ひざまづく者」などとなtっています。また、当時のギリシャ地方からは地平線の下でほとんど見えないケンタウルス座などが入っていましたが、これらはメソポタミア文明で星座が作られたころには楽に見えていました。ファイノメナが書かれたすぐあとに、エラトステネスの「カタステリスモイ(星座物語)」という星座の解説書が作られています。42の星座が登場しますが、神話はファイノメナとほぼ同じです。

紀元前2世紀には、ロードス島の天文学者・ヒッパルコスがファイノメナの星座に1000個も恒星の位置表を加えた画期的な星座表と星座図を作りました。しかし残念ながら原本は残っておらず、2世紀のアレクサンドリアの地理学者・プトレマイオスが、ヒッパルコスの恒星表と「水」「プレアデス」をとって、「へび」「こうま」みなみのかんむり」を加えた48個の星座を、ほぼそのまま天文学書「アルマゲスト」(ギリシャ名:メガレ・シュンタクシス)で採用したことから知られています。

プトレマイオスのアルマゲスト全13巻は、ギリシャ文明の数学・天文学をまとめて記載し、さらに新しい軌道論等を加えた大作でした。以降、1000年の間、これを上回る天文学書は登場せず、ヨーロッパの他、アラビア、インドなどで天文学の教科書として使用されました。この世界中に影響を与えたアルマゲストに掲載されていたことにより、ギリシャ星座は世界に広まり、プトレマイオスの48星座と呼ばれるようになりました。

紀元前1000年ごろの主なメソポタミア星座

現在の呼び名   メソポタミア時代の呼び名

オリオン       アヌの真の狩人

おおいぬ       矢

ぺガスス       広場

ふたご        偉大な双子

さそり         さそり

てんびん       天秤はかり

いて         パピルザク

しし         ライオン

かに         かに

やぎ         魚ヤギ

うお          リボン

かんむり       輪

からす        カラス

おおかみ       狂犬

こと          雌ヤギ

わし         わし

ケフェウス
の一部と       ヒョウ
はくちょう

おひつじ       雇われ人

ペルセウス     雇い主

ぎょしゃ       曲がった杖

カシオペア     馬

北斗七星      荷車

ごぐま        天の荷車

すばる       星々

おうし       天の牛

うみへび      へび

このお話には、続きがございます・・・。

2013年11月 5日 (火)

占星術について

皆様、こんばんは・・・更新です                                             

占星術について、書いてみたいと、思います。

占星術 ― Astrology ―

古代人たちは天体の動きが人間の「運命」や「地上の事物」に影響を与えると信じていました。「錬金術」も同じだったので、占星術的な考え方を重要視しました。
※錬金術と占星術の関係から見ると、特に重要なのは「7金属」と「7惑星」の対応および、「四大元素」と「黄道12宮」の対応関係でした。

占星術では、天体に7の惑星を認め、そのそれぞれを神が司っていると考えていました。その影響で古代人たちは地上には「7つの金属」があると考え、これらの惑星と金属を結び付けました。すなわち、金=太陽、銀=月、水銀=水星、鉛=土星、錫(すず)=木星、鉄=火星、銅=金星です。錬金術師もこの考えを受け継ぎ各金属は対応する惑星の影響で成長すると考えました。

同じように、錬金術師たちは「黄道12宮」と「四大元素」を結びつけて考えていました。黄道12宮とは、天球上で太陽の軌道の両側にそれぞれ8度30分の幅で広がる帯を12の長方形(宮)に分割したもので、太陽は1年をかけて12宮を一周するというものです。12宮の名称は、白羊宮(はくようきゅう)、金牛宮(きんぎゅうきゅう)、双子宮(そうじきゅう)、巨蟹宮(きょかいきゅう)、獅子宮(ししきゅう)、処女宮(しょじょきゅう)、天秤宮(てんびんきゅう)、天蠍宮(てんかつきゅう)、人馬宮(じんばきゅう)、磨羯宮(まかつきゅう)、宝瓶宮(ほうへいきゅう)、双魚宮(そうぎょきゅう)です。※錬金術師はこの考えを受け継ぎ、四大元素は「黄道12宮の支配」を受けるとしました。すなわち、火=白羊宮・獅子宮・人馬宮、土=金牛宮・処女宮・磨羯宮、空気=双子宮・天秤宮・宝瓶宮、水=巨蟹宮・天蠍宮・双魚宮です。

四大元素が、「第一質料」に「冷」・「熱」・「湿」・「乾」の4つの性質のうち2つが加わって作られていますが、錬金術師たちはこれらの「4性質」や「季節」も「黄道12宮」の支配を受けると考えていました。すなわち、熱・湿=春=白羊宮・金牛宮・双子宮、熱・乾=夏=巨蟹宮・獅子宮・処女宮、冷・乾=秋=天秤宮・天蠍宮・人馬宮、冷・湿=冬=磨羯宮・宝瓶宮・双子宮です。

参考までです、失礼致しました。

2013年7月22日 (月)

風の星座の「星座石」と「象徴石」について・・・③

風の星座の最後は、「水瓶座」です。

〔水瓶座の星座石〕 Aquarius について

・水瓶座がよく見える季節=秋  十月下旬
・黄道十二宮星座の第十一宮に当たる宝瓶宮=一月二十一日~二月十八日
・支配惑星=土星
・守護神=クロノス(ギ)、サトルヌス(ロ)、サタン(英)
・守護色=茶色
・星座石=土星を象徴するクロノスに捧げる石(土星の象徴石)を中心に、特に透明石に選ばれています。

【宝瓶宮の特徴】
元素4区分 風の宮
活動3区分 不動宮
性別     男性宮
季節     冬の宮
南北     南の宮
シンボル  人間宮

※水瓶座の守護星座石・・・・・・〔★〕は、代表星座石

サファイア〔★〕
ブラック・ダイアモンド
ブルー・ダイアモンド
ブラウン・クォーツ(茶水晶)
ブラウン・ジルコン
ドラバイト

※水瓶座の守護星座石が意味するもの について

水瓶座の繊細で純粋、深い信仰を象徴する石。水瓶座の理想主義の象徴です。水瓶座の不均衡や偏執性を改善しながら守る。自己満足に陥りやすい水瓶座に広い視野を与えながら守ります。

【水瓶座伝説】Ⅰ

美少年で知られるトロイの王子ガニメデスに魅せられた曙の女神エオスは、彼をさらってオリンポス宮殿のゼウスのもとに連れて行きました。(ゼウス自身が鷲に化けて王子をさらってきたという説もあります)。ところが、ゼウスの妻ヘラがガニメデスの存在を知ったことから、ゼウスはヘラの嫉妬からガニメデスを守るために天に上げ星にしました。星になったガニメデスは肩あたりに瓶を抱えています。アクアリウスは水を運ぶ男を意味する言葉で、水瓶座は古代バビロニア時代には、雨期に向けて貴重な水を確保するための目印でした。

【水瓶座伝説】Ⅱ

世界が青銅の時代を迎えていたころ、人々は欲と悪に溺れ争いが絶えませんでした。大神ゼウスは憂い災害を起こすことを考えていました。そんな中にあってプロメテウスの息子のデカリオンとその妻ピュラは領地のテッサリアを節度をもって治め、神々を敬うことを忘れませんでした。プロメテウスはゼウスが世界を滅ぼそうとしていることに気づき、デカリオンに箱船を作って逃れるようにいいつけます。デカリオンが妻とともに舟にのりこむと大洪水が起き(洪水は九日間続き)地上に生き残ったパルナッソス山頂上に舟が辿り着いたデカリオン夫妻だけでした。そののちデカリオンの投げた石から男性、妻の投げた石から女性が誕生し、再び人類は増えていきました。この功績を讃えてゼウスがデカリオンを星にしました。

続いては、水瓶座の守護星でもございます、土星の象徴石について、お話ししますネ♪

〔土星の象徴石〕 について

土星= ・不運、忍耐、禁欲的
      ・実務能力、努力
      ・ 試練の象徴

土星神に捧げる色(黒、茶)を基本とし、忍耐と努力を象徴する鉱物が選ばれました。土星は山羊座と水瓶座を支配するため、後に土星に捧げる多くは山羊座・水瓶座に配されました。主な象徴石は次の通りです。(★はその代表的なもの。「山羊座の星座石」「水瓶座の星座石」を参照していくださいネ)

■サファイア〔コランダム〕〔★〕
古代インドのヒンドゥー教では七月をサファイアの月と決め、サファイアは土星の影響を受けているので、その持ち主はシャニ(土星神)の恩恵を受けると信じられていました。シャニは冥界に関わり人の運命を左右する神としてヒンドゥー教に浸透。サンスクリット語の薬物文献には「サファイアの粉は苦い味で、風と憂鬱症の身体を温め、それを持っているとシャニの怒りを和らげる」と土星とサファイアの関係が記されています。占星術で星と宝石に関係を考え出したカルデア人もサファイアは特に土星と関係がある石としていました。(ただし古代の人のサファイアは青い石の総称でした)。サファイアは心の平和を生み、純粋な人が所持すると病気、災難から免れると信じられていました。
〔日本、イギリス、アメリカ、フランス=九月の誕生石〕・・・・・・宝石ことば「徳望、誠実、貞操」

■ブラック・ダイアモンド(黒金剛石)
ギリシャ語のアマダス(征服がしたい)に由来するダイアモンドは、地上のあらゆる物質の中で最高の硬度を誇る石です。ダイアモンドの中でも透明な無色は太陽に捧げられ、黒いダイアモンドは、土星に捧げられています。葬儀用にも使用され不屈の精神を育て、呪力を高め、他者の悪霊や呪いを寄せつけない強力パワーを発揮します。

■ブルー・ダイアモンド
ダイアモンドには色々な色がありますが、土星に捧げられたのは青いダイアモンドです。世界で一番有名なブルーダイアモンドといえば「ホー
プ」というダイアモンドで、スミソニアン自然史博物館に展示されています。もとはインドのラマシータという大仏の額に嵌められていたといわれていますが、本当のことは誰も知りません。そのダイアをフランスの宝石商で旅行家のタベルニエがどういう経由からか持ち帰り、時の国王類十四世に献上します。王は「フランス帝王の青」と名付けましたが」、天然痘で死去したことから、やがてルイ十六世に、そして妻のマリーアントワネットに受け継がれましたが、王も王妃もギロチン台の露と消えてしまいます。やがて銀行家のヘンリー・ホープの手に移りますがホープも死亡。その後もダイアは転々と人手に渡り、手にした人が不幸な死に方をします。第二次世界大戦後に最後の持ち主だたマクリーン夫人も亡くなり、一九五八年にワシントンにあるスミソニアン自然史博物館に寄贈されたのでした。
青いダイアは不幸を呼ぶと風評が広まり始めましたが、サファイアと同じように、神聖な石、心を清浄化する石として土星に捧げることで不幸をはねのけるとして浸透。土星が支配する水瓶座に組み込まれました。(サファイアと同じように現在はブルーダイアを金星に組み入れる研究者もいます)。

■ブラウン・クォーツ(茶水晶)
水晶の色が煙のような色をしたもの(スモーキークォーツ)やもっと濃い茶色(カンゴーム)、そして特に黒みの強いもの(モーリン)はすべて土星の象徴石とされています。農耕に関すること、命(魂)の癒しと悟り、特に忍耐と地に足のついた生き方などを導いてくれます。

■ブラウン・ジルコン
ジルコンは古くはヒヤシンス石と呼称されていましたが、現在は無色の石がよく知られています。熱で色が変わることから、ダイアモンドの代用品の代名詞のようになってしまいました。本来は褐色系の石で、熱で様々な色に変化します。ジルコンの名は、アラビア語やペルシャ語の「赤い」、「黄金の」に由来します。どんな色に変化しても、熱が冷めればもとの色に戻る。赤い命も茶色の土に帰る・・・・・・、そんな連想も冥府を支配する土星に捧げられた所以かもしれません。

■ドラバイト(苦土電気石)〔トルマリン〕
和名の「苦土」はマグネシウム、「電気石」はトルマリン。つまり、ドラバイトはマグネシウムを多く含むトルマリンを指します。多くが褐色で、オーストリアのドラバ川の名にちなみます。全身を刺激しながら、体内の清浄にするトルマリンの働きは土星の魂の鎮静化と結びつきました。

皆様、これで、「水瓶座の星座石」と〔土星の象徴石〕 のお話は以上です。

風の星座の「星座石」と「象徴石」について、書きました。

いかがでしたか・・

今回は、「地の星座」・「水の星座」・「火の星座」・「風の星座」

のそれぞれの、「星座石」と「象徴石」を書いてきました。

ご興味がございましたら、ご覧くださいませ。参考までです。

失礼致しました。

風の星座の「星座石」と「象徴石」について・・・②

続いては、「天秤座」です。

〔天秤座の星座石〕Libra について

・天秤座がよく見える季節=夏 七月上旬
・黄道十二宮星座の第七星座にあたる天秤宮=九月二十四日~十月二十三日
・支配星=金星
・守護神=アフロディテ(ギ)、ウェヌス(ロ)、ヴィーナス(英)
・守護色=青色
・星座石=金星を象徴するアフロディテに捧げる石(金星の象徴石)を中心に、特に青色・不透明石が選ばれています。

【天秤宮の特徴】

元素4区分 風の宮
活動3区分 活動宮
性別      男性宮
季節     秋の宮
南北     南の宮
シンボル   人間宮

※天秤座の守護星座石 について・・・・・・〔★〕は代表星座石

アズライト
ラピスラズリ〔★〕
ソーダライト
トルコ石
ブルー・カルセドニー
アマゾナイト
クリソコラ

※天秤座の守護星座石が意味するもの について

天秤座の公平な批判力を象徴します。天秤座の理知的バランス感覚を象徴。天秤座の二つの間で揺れる思いに均衡を与え守護します。天秤座の不精、怠惰を退け魂の浄化と品位保持を守護します。

【天秤座伝説】

世界が黄金時代といわれていたころは神々も人間も仲良く幸せに暮らしていました。ところが冬の季節が訪れるようになり、銀の時代に入ると、食物を手に入れるために人々は争いを始めたので神々は一人ずつ天界へと帰っていき始めました。しかし、人々は人殺しだけはしませんでしたから、正義の女神アストライアは妹の慈悲の女神と地上に残っていました。

アストライアは正義を量る天秤を持っていましたが、やがて青銅の時代、鉄の時代になると人々は武器を持って殺し合うようになり、秤も正義を示さなくなってしまいました。ついにはアストライアも愛想をつかして天秤を持って天に帰ってしまいました。それが乙女座です。
アストライアは、「星乙女」です。

そして、正義の女神アストライアが地上の善悪を量るために天から持参した秤。この秤が天秤座になりました。

続いては、天秤座の守護星でもございます、「金星の象徴石」について、お話ししますネ♪

〔金星の象徴石〕 について

金星= ・愛欲、快楽的、恋人
      ・洗練された品位
      ・調和と美の象徴

金星神に捧げる色(緑、青)を中心とに、愛と芸術を象徴する鉱物が選ばれました。主な象徴石は次の通りです。金星は牡牛座と天秤座を支配することから、その多くは牡牛座・天秤座の星座石に組み込まれています。(〔★〕は代表的なもの。それぞれ牡牛座の星座石、天秤座の星座石を参照してくださいネ♪)

■アズライト(藍銅鉱)
アズライトとのアズは青色の意味です。アズールブルー(コバルトブルー)色の銅鉱物で、マラカイトと一緒に産出されることが多くあります。古代人はこの石を砕いて顔料や治療薬として用いていました。マラカイトと同様、銅鉱物であることから(中世の錬金術師たちは銅を金星に結び付けていました)、アズライトも金星に捧げる代表的な星座石の一つとされています。

■ラピスラズリ(瑠璃)〔★〕
ラピスラズリは東洋の七宝の一つに選ばれています。世界に多くの国で聖なる石として大切にされ、聖なる石は聖なる色として、教会の壁画(システィーナ礼拝堂の天上画)などに絵の具として珍重されてきました。十三世紀頃まではラピスラズリはサファイアと呼ばれ、そのサファイアは青い石の総称でした。当時、サファイアは眼病に効くとされたことから、現在もラピスラズリは目にいい宝石とされています。ラピスはラテン語の「石」を意味し、ラズリはペルシャ語の「青」です。日本では「瑠璃色」、「群青色」でお馴染みです。ラピスラズリは四種類の鉱物で集合してできた石で、黄金色の小さい斑点は、黄鉄鉱が内包物として取り込まれているためです。
〔イギリス。アメリカ=誕生石]・・・・・・宝石ことば「健康、愛和」

■ソーダライト
ラピスラズリと構成する主要な鉱物のためしばしば間違えられますが、違いはラピスラズリの不透明に対し、一般に半透明であることと、ラピスに見られるパイライトといわれる黄金色の点在がないことがあげられます。

■トルコ石
最古の歴史を持つ宝石の一つです。鉄と銅の含有量によって緑が変化しています。古代エジプト、アステカ、マヤなどで魔よけとして使用されていました。旅人を守る石が、人生の旅を守るにつながり、「成功」の宝石ことばが冠されています。また錬金術では含有の鉄は火星、銅は金星と結び付けているためトルコ石には「命中」という意味もあり、武器(鉄を含むことから火星が力を貸すので)が命中、恋の矢が命中ということから愛の女神金星に捧げられました。
〔日本、イギリス、アメリカ、フランス=十二月の誕生石〕・・・・・・宝石ことば「成功、命中」

■ブルー・カルセドニー(青玉髄)
瑪瑙(めのう)の中でも色の比較的単一なものをカルセドニー(玉髄)といいます。カルセドニーの語源はギリシャのカルセドンから産出することからその名がつきました。冷静にして華麗な雰囲気が金星に結び付きました。

■アマゾナイト(天河石)
ムーンストーンと同じマイクロクリン(微斜長石)に属する不透明に近い青緑色のものをアマゾナイト(アマゾン川にちなむ)と呼称します。青、青緑などがありますが、緑のものは、翡翠によく似ているためにアマゾン・ジェードのフォルスネームで呼ばれることがあります。またアメリカのコロラド州で産出されるアマゾナイトは、その緑色が翡翠に似ていることから「コロラド翡翠」と呼ばれています。

■クリソコラ(珪孔雀石)
クリソコラは銅を含む青。青緑、緑の混じる石です。錬金術では銅は金星と結び付けられていたので、クリソコラも金星と結び付きのある緑石の一つに選ばれています。日本名はマラカイトに似ていてケイ素を含んでいるので「珪孔雀石」と名付けられました。

皆様、これで、「天秤座の星座石」と〔金星の象徴石〕 のお話は以上です。

風の星座の「星座石」と「象徴石」について・・・①

今回は、「地の星座」・「水の星座」・「火の星座」・「風の星座」

のそれぞれの、「星座石」と「象徴石」を書いてきました。

「星座石」・「象徴石」の最後は、「風の星座」です。

風の星座は、「双子座」、「天秤座」、「水瓶座」ですね。

それでは、それぞれの、「星座石」と「象徴石」を書いていきたいと思います。

まずは、「双子座」です。

〔双子座の星座石〕gemini について

・双子座がよく見える季節=晩冬~初春 三月上旬
・黄道十二宮星座の第三星座にあたる双児宮=五月二十二日~六月二十一日
・支配星=水星
・守護神=ヘルメス(ギ)、メルクリウス(ロ)、マーキュリー(英)
・守護色=黄色
・星座石=水星を象徴するヘルメスに捧げる石(水星の象徴石)を中心に透明石が選ばれています。

【双児宮の特徴】

元素4区分 風の宮
活動3区分 柔軟宮
性別      男性宮
季節     春の宮
南北     北の宮
シンボル   人間宮
その他    二元宮

※双子座の守護星座石 について・・・・・・〔★〕は代表星座石、〔☆〕は特別守護石です。

トパーズ〔★〕
アンダリューサイト〔★〕〔☆〕
イエロー・ベリル
シトリン
カナリー・ダイアモンド
イエロー・オーソクレース
ゴールデン・サファイア
イエロー・ジルコン
トパゾライト

それぞれの石については、水星の象徴石を見てくださいネ。

〔二元宮としての双子座の特別守護石〕

・アンダリューサイト(紅柱石):占星術では双子座は二元宮に生きる星座とされています。ギリシャの星座伝説では、双子座は人間の血を引く
「カストール」と神の血を引く「ボルックス」の生きる世界が違う兄弟の姿とされています。双子座の支配星は「水星」(ヘルメス神)ですが、足が
早く、口も饒舌(じょうぜつ)なので「コミュニケーションの神」、「商売の神」とされています。一方で嘘をつき、泥棒の神の側面を持っています。
このように、いろいろな世界を持つ星座ですが、それが魅力でもあり、同じような性質を持つ、アンダリューサイトが、特に双子座の守護石として選ばれ、全面的に双子座を理解して、良い方向へと誘います。アンダリューサイトは水星の支配する黄色ですが、透かして見る角度を変えると、薔薇色、褐色、緑、黄褐色、黄緑などに変化します。その濃さを変える多様性の性質が、水星に支配されながら、二元宮を生きる双子座に組み込まれました。

※双子座の守護星座石が意味するもの について

双子座のコミュニケーション能力の象徴です。双子座の知恵の発展を象徴します。双子座の知性と実行力のバランスを守護します。双子座の二面性(二重人格)を良い方向へ導き、守護します。

【双子座伝説】 について

ギリシャ神話で、スパルタ王・ティンダレスの妃、レダは美しく、大神ゼウスは、その美しさにすっかり魅了されてしまいます。ゼウスはレダへの思いを遂げるために、愛の女神・アフロディーテに頼んで、自分の象徴である「鷲」に化けてもらい、自分は「白鳥」に化けて鷲に追いかけさせました。白鳥は大きく羽根を広げてレダのふところへ逃げ込みました。白鳥を可哀相だと思ったレダは、しっかり抱き留めたので、ゼウスの思いは遂げられたのです。

レダは妊りますが、その同じ日にレダの夫・ティユンダレスと交わったために、白鳥に化けたゼウスの血を引く卵を二つ(この卵から双児の男女、ボルックスとヘレネが生まれました)と、王の血を引く男女の双児、カストルとクリュタイムネストラ)を産みます。
双児座はカストル(乗馬の神)とボルックス(ボクシングの神)の兄弟の姿ですが、兄弟が星になったのには、訳がありました。カストルがイダス(海神ポセイドンの息子)に殺されたときに、弟のボルックスは兄と一緒に死にたいと願いました。自分だけが神の血を引いて不死であることを承知しませんでしたので、ゼウスは二人を一緒にいられるように天に上げ、星にしたのでした。

続いては、双子座の守護星でもございます、「水星の象徴石」について、お話ししますネ♪

〔水星の象徴石〕 について

水星= ・知力、言語能力
      ・情報の伝達
      ・コミュニケーション能力の象徴

水星に捧げる色(主に黄系)を基本として、知識と理論、理解力にポジティブな表現力、そして、コミュニケーション力を象徴する鉱物が選ばれました。水星を象徴する鉱物の代表的なものは、次の通りです。水星は、双子座と乙女座を支配することから、水星の象徴石の多くは双子座・乙女座の星座石に組み込まれています。(〔★〕は代表的なもの。双子座の星座石、乙女座の星座石を参照してくださいネ♪)

■トパーズ(黄玉)〔★〕
トパーズの名は、ギリシャ語の「探し求める」に由来していて、豊富に採取していた紅海の島々を、船乗りたちにとっては、探すのは極めて困難な深い霧包まれていたため、「トパーズ」島と呼んでいたのが、語源とされています。探し求める延長線に宝石言葉の、「友愛」があります。愛も友情も探し求めるのは困難であることから、「探し求める」に語源を持つトパーズの宝石言葉に選ばれました。コミュニケーションの神にふさわしい石と言えます。
〔イギリス、アメリカ、フランス=十一月の誕生石〕・・・・・・宝石言葉 〔友愛・希望〕

■シトリン(黄水晶)
日本では黄水晶をトパーズの代表石としている人が多いそうです。インペリアル・トパーズは貴重で手に入りにくいのに比べ、シトリンは入手しやすいことに要因があるそうです。見た目には、どちらも透明な黄色ということで、区別しにくいのも事実です。水晶の加護を受けるという点では同じですが、パワーは微妙に違いを見せるそうです。トパーズは内面に強く働きかけるのに対して、シトリンは金運を招くと言われているそうです。

■イエロー・ベリル、ゴールデン・ベリル
水色のアクアマリンや緑のエメラルド、無色のゴッシェナイトなどと同族です。い色によって呼び名が違います。黄色のベリルの他に、トパーズによく似たゴールデン・ベリルも水星に捧げられました。ベリルの発する黄色の光は、心も外見も特に美しさを導き出すことに威力を発揮するとされています。美しい心から発せられる言葉は、真のコミュニケーションを導く第一歩でしょう。

■ゴールデン・サファイア〔コランダム〕
十九世紀の終りまでサファイアと呼ぶのは、青いコランダムだけでした。黄色い「イエロー・サファイア」は「オリエンタル・トパーズ」と呼ぶそうです。占星術では、青いサファイアは土星の象徴です。それに対し、黄色いトパーズやサファイアは、水星に配されるようになりました。その水星の黄色は、水星に支配される双子座と乙女座にそれそれ組み込まれていきました。ひとことに黄色石といっても、石の持つヒーリングは様々です。ゴールデン・サファイアの黄は、ギラギラ輝く夏の黄です。大地の黄、間近に迫った眩(まばゆ)い実りを象徴する黄です。夏の宮で地の宮であり、収穫を見守る乙女座に配されました。

■カナリー・ダイアモンド
ダイアモンドは地上でイチバン硬い鉱物で、その光沢と美しさは宝石の中でも最も高い価値を誇っていると言えるでしょう。そのダイアモンドには、黄色、褐色、緑、青、ピンク、赤、黒などの多くの色があり、色合いを増すものを「ファンシー・カラー」と呼んでいますが、その中で、特に黄の美しい色合いを見せるダイアモンドを、「カナリー・ダイアモンド」と呼んで、珍重されています。

■イエロー・ジルコン
古くから黄色は、コミュニケーションの色として、コミュニケーションの神(ヘルメス)に捧げられていました。中でも黄色の透明石は、会話や楽しさを人と分かち合う能力を刺激してくれるとして、珍重されてきました。ジルコンは古代のカルデア人がヒアシンスと呼んで大切にしていました。

■トパゾライト(黄柘榴(ざくろ)石)
水星の代表的な象徴石・トパーズに似ていることからこの名があります。ガーネット・グループなのか、アンドラダイト・ガーネットに属する黄色の石です。緑のデマントイドと色違い(同じ種類に属する)であることから、「イエローデマントイド」と呼ぶ場合があります。主にイタリアで産出され、デマントイド同様に稀少な石の一つとされています。

■イエロー・オーソクレース(正長石)
黄色のオーソクレースは、硬度・六です。割れやすいので細かいカットを避け、ステップ・カットされる場合が圧倒的です。名称はこの石が劈開が分かりやすいことから、ギリシャ語の「まっすぐな割れ目」に由来します。透明な黄色い輝きは(頭脳の回転の早い水星に響き合うように)直感力を導くとされています。

皆様、これで、「双子座の星座石」と〔水星の象徴石〕 のお話は以上です。

«火の星座の「星座石」と「象徴石」について・・・③

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